あなたも立派なラクダの仲間               ソンブレロ     とある町、その道端。     中央に女(女2)、何かを探している。          やがて別の女(女1)、何かを探しな     がら現れる。     両者、お互いの存在に気がつく。 女1 あの、ちょっと聞いていいかしら? 女2 え、ええ……。 女1 コートが吹き飛ばされちゃったの。  窓辺にかけてたんだけど……。  見なかった? 女2 コート……?  さあ、見なかったわ。  生憎だけどね。 女1 そう。  やっぱりね。 女2 この風だもの。  しっかりとめなきゃ飛ばされるわ。 女1 しっかりとめてたのよ。  いつもどおりね。 女2 それがいけなかったのかもね。  こんな風の強い日はいつもより頑丈にとめなきゃ。 女1 ええ、油断してたわ。  諦めて新しいのを買った方がいいかしら……? 女2 今どきコートなんて売ってる?  どこのお店も春物ばかり並べているわ。 女1 でもまだ必要じゃない?  今週はたまたま暖かかったけど。 女2 そうね、まだ寒い日はあるでしょうね。  特に来週は真冬並みの寒さに戻るって聞いたわ。 女1 やっぱり飛ばされたコートを探した方がいいかなぁ。  やれやれ……。 女2 大変ね。  見つかることを祈っているわ。 女1 ありがとう。  じゃあ。     女2、再び辺りを見回す。     女1、その様子に気がつく。 女1 もしかしてあなたも何かをお探しなの? 女2 ええ、じつはレストランをね。 女1 レストラン……? 女2 この辺りに新しく出来たらしいの。 女1 なんて言うお店なの? 女2 それがうっかり忘れちゃって……。  ちょっと洒落たかんじで、味もいいって評判を聞いて来たんだけど  ……。 女1 そう言えば来る途中に見慣れないお店があったわ。  きっとそこのことじゃないかしら。 女2 この道の先ってこと? 女1 ええ、まっすぐ行って、確か、バス通りに出るちょっと手前の  右側の角だったわ。 女2 ありがとう。  助かったわ。 女1 どういたしまして。  じゃあ。 女2 あ、ちょっと待って。  教えてもらったお礼ってわけじゃないけど、あなたの探しもの、私  でよければ協力するわ。 女1 それはご親切にどうも。  でも、いいわ。  悪いもの。 女2 あら、遠慮することないのよ。  困っている時はお互い様だもの。 女1 そう?  じゃあお言葉に甘えて……。  もし見つかったらその新しく出来たお店でランチおごっちゃおうか  な。  ふふふ、なんか急にお腹が空いてきちゃった。 女2 ところでどんなコートなの?  あなたが無くしたコートって。 女1 トレンチコートよ。  ラクダ色の。 女2 え、ラクダですって? 女1 ええ、お気に入りだったのに……。 女2 お気に入り?  ラクダが? 女1 ラクダ色のコートがね。 女2 じゃあ絶対見つけ出すべきよ。  決して諦めないでね。 女1 なんか急にスイッチが入ったわね。 女2 だってラクダ色でしょ?  しかもお気に入りって聞いてますます力になりたくなったの。 女1 あら、色のせいってこと? 女2 そうよ。  じつは私、ラクダが大好きなの。  だって命の恩人なんだもの。 女1 恩人? 女2 そう、救ってもらったのよ、ラクダにね。 女1 へえ……。  一体どこで? 女2 砂漠よ。  ほかにないでしょ?  ラクダに出会えそうなところなんて。 女1 まあそうだけど……。 女2 ほら、あそこって暑いでしょ?  それに果てしなく広いからいくら歩いてもキリがないの。  だからへこたれちゃって……。 女1 でもどうして砂漠へなんか行ったの? 女2 さあ、冒険かしら……。  私にもよくわからないの。  だって夢の中のことなんだもの。 女1 なんだ。 女2 聞いて。  ラクダったら私の目の前まで来て、跪いてくれたの。  お腹を地面にぺったりと着けてね。  で、どうぞお乗りなさいって、目で言うの。  だから私、余力を絞ってコブにつかまったわ。 女1 それで助かったってわけね。 女2 ええ、それ以来ラクダのことが大好きになったの。  だから助けずにはいられないわ。  ラクダ色がお気に入りだっていう人のことを。 女1 じゃあ私、ラクダに感謝しなきゃね。 女2 ええ、感謝してあげて。  だってとっても優しくて辛抱強いんだから。 女1 でもそれ夢でしょ? 女2 献身的なのは事実よ。  砂漠で人を乗せて歩き続けるなんて、なかなか出来ることじゃな  いわ。 女1 だけどラクダって耐久性に富んでるんでしょ?  背中のコブが水筒の代わりになって……。 女2 それは誤解よ! 女1 違うの? 女2 って言うか、迷信なのよ。  おばあちゃんに聞いたことあるんだもの。  そうやって騙して働かせてるんだって。 女1 そうなの? 女2 傲慢だわ。  ラクダの弱みに付け込んで……。  だってあのコブは彼等にとってコンプレックスの塊なのよ。 女1 気にしてるってこと? 女2 あんなに大きいのよ。  しかも二つあるのだっているわ。 女1 そう言われるとなんだか可哀相ね。  大きなコンプレックスが二つも、なんて。 女2 想像してみて。  自分がとっても大きなコブを二つも背負って生きていく姿を。 女1 ああああ……。 女2 でしょ?  それをやれ水筒代わりだとか耐久性があるとかって、言いくるめら  れて……。  まったくひどいわ。  私、そのことをラクダに伝えに行こうと思ってたの。 女1 どこへ? 女2 もちろん砂漠よ。  今度は私が救う番よ。 女1 救う?  でも、どうやって? 女2 ロバに乗って。  砂漠を行脚するの。  世界中のラクダの解放のためにね。  ロバならおとなしいし、私でも乗れそうだし。 女1 あら、それじゃあ今度はロバが可哀想じゃない? 女2 仕方ないわ。  世界中のラクダのためなのよ。  あなたも手伝ってもらえない? 女1 嫌よ。  出来ないわ。  ロバだって大変なのよ。  おじいちゃんに聞いたことあるんだもの。  餌は馬より少なくて済むし、力持ちで犬より従順だって。  だから世界中の山岳地域で重い荷物を運ばされているのよ。 女2 あら、あなたやけにロバの肩を持つのね? 女1 違うの。  その考え方が嫌いなのよ。  ラクダのためにロバを犠牲にするっていう。 女2 でも世の中ってそういうものじゃないかしら? 女1 何かのために何かが犠牲になるのが?  当たり前なの?  それも傲慢だわ。 女2 じゃあ私たちがラクダのために出来ることって? 女1 それは、やっぱり彼等の気持ちになるってことじゃない? 女2 つまり、どういうこと? 女1 彼等のように生きるの。  献身的に……。  決して見返りなんか期待せず。 女2 コンプレックスを恥じることなく、むしろ誇りにして世のため  に尽くす……。  なんて素晴らしい人格かしら。 女1 でも私、ラクダについていやな噂を聞いたことがあるわ。 女2 え、それってもしかしてラクダの性格のこと? 女1 ええ、一旦機嫌を損ねると厄介だって。  しかも主人の顔もすぐ忘れちゃうって。 女2 あら、それならロバだって似たようなものでしょ?  ロバって意外に気分屋で、気が乗らないと絶対に荷物を運ばないし、  ラクダ並みの忘れんぼだって聞いたことがあるもの。 女1 それってなんだか私と似てるわ。 女2 え、やだ、私もよく言われるの。  似たもの同士かしらね? 女1 そうね、そうかもしれないわね。 女2 ところであなたどこへ行くの? 女1 えーっと……。  なんだったっけ? 女2 まあ。  ふふ、おかしな人。  まるでラクダみたいね。 女1 そういうあなたは? 女2 え、あら、私も人のこと言えないわ。  ふふ、きっと大した用事じゃなかったのね。  それより、もし良かったら、どう?  一緒にランチなんて。 女1 いいわね。  ちょうどお腹が空いてたの。 女2 確か、この先の角に良さそうなお店が出来たって聞いたの。 女1 へえ、素敵ね。  賛成よ。 女2 気が合うわね。  私たちって。 女1 本当ね。  ついさっきまで意見が分かれてたのにね。 女2 雨降って地かたまるってことよ。 女1 でも何について意見が分かれてたんだっけ? 女2 あら、やだ、なんだったかしら?  ふふふふ。 女1 ところでちょっと肌寒いわ。  悪いけど少しだけ待っててもらえない?  すぐ戻るから。 女2 どこへ? 女1 なにか着るものをとってくるわ。 女2 ええ、どうぞ。  急がなくても大丈夫よ。 女1 ごめんなさいね。  じゃあ……。     女1、そそくさと去る。     女2、女1の去った方向を見送るが、     やがて何かを思い出したように辺り     を見回す。     女1、何かを探しながら現れる。     両者、お互いの存在に気づく。 女1 あの、ちょっと聞いていいかしら? 女2 え、ええ……。 女1 コートが吹き飛ばされちゃったの。  窓辺にかけてたんだけど……。  見なかった? 女2 コート……?  さあ、知らないわ。  生憎だけどね。 女1 そう……。  やっぱりね。 女2 この風だもの。  しっかりとめなきゃ飛ばされるわ。 女1 しっかりとめてたのよ。  いつもどおりね。 女2 それがいけなかったのかもね。  いつもより頑丈にとめなきゃ。  ところでどんなコートなの? 女1 トレンチコートよ。  ラクダ色の……。 女2 あら、ラクダ!     沈黙。     そして暗転。        ‐了‐