森の中の小画廊              ソンブレロ     森の中にある小さな画廊。     女(女1)、展示物の配置などを整えている。     やがてもう一人の女(女2)が現れる。 女1 あら、ずいぶん早かったわね。  買えたの?  例の季節限定5色のマカロン。 女2 それどころじゃないのよ。  引き返してきたの。 女1 え、なに、どうしたの? 女2 大変なのよ。  ついに来るものが来ちゃったのよ。  恐れていたものが。  いまこっちに向かってるわ。 女1 え、もしかして……? 女2 そう、怖い怖い税金の取り立てよ。  どうしよう? 女1 ああ、そっちなの。 女2 え、そっちって……。  なんで拍子抜けみたいになってるの? 女1 いや、あの、恐れていたって言うから、クマかなにかかと。 女2 そりゃクマも怖いけどさ、取り立てはもっと怖いでしょ?  どうしよう……。 女1 どうしようって、慌てても仕方ないわよ。 女2 これが慌てずにいられますか。  税金ガッポリ取られちゃうのよ。 女1 まだここに来るとは限らないでしょ?  通り過ぎちゃうかもしれないわ。 女2 そんなわけないでしょ。  こんな森の中よ。  ほかになにもないじゃない。  でもまさかこんなところまで来るなんて……。 女1 ところでその人本当に税の取り立て人なの? 女2 そうよ。  確かにそんな雰囲気だったわ。 女1 あ、雰囲気だけなの? 女2 だって、いかにも、ってかんじなのよ。  私は税の取り立て人でございますみたいなね。 女1 いかにもって? 女2 メガネをかけていたの。  それに黒いカバンを肩からたすきがけにして、脇目もふらずにこっ  ちに向かっていたの。  決定的でしょ?  これが取り立て人じゃなかったらなんだって言うの? 女1 ただの被害妄想なんじゃないかなぁ……。 女2 なんなのよ、その楽観的思考は。 女1 じゃあ仮にその人が税の取り立て人だとして、この画廊に訪  ねてきたとしてもよ、必ずしもそんなに多くの税金を持っていか  れるとは限らないでしょ? 女2 これだ。  あのね、うちは画廊なのよ。  小さかろうとなんだろうと画廊よ。  前にも言ったでしょ?  金物屋やサンドイッチハウスとは違うのよ。 女1 うちの方が高いんでしょ?  でもどれだけ違うっていうの? 女2 少なくとも5倍くらいね。  いや、もっとかも知れないわ。 女1 そもそもそれが問題よね。  ほかと比べて画廊だけがべらぼうな税金をとられるなんて。  そこを改革してもらうのにはどこに訴えればいいかしら? 女2 うん、ただ、いまは税制問題の訴え先について考えを巡らせ  ている暇はないわ。 女1 それにしても不公平過ぎると思わない? 女2 でもそうやって不公平を訴えると、今度は金物屋やサンドイッ  チハウスの税金が引き上げられちゃったりするのよね。 女1 それずるいよね。  皆で肩が組めないようになってるなんて。 女2 まったく、ずるいと言うか、うまく出来てると言うか……。  なんて言ってる場合じゃないの。  一刻の猶予もないんだから。 女1 私はいまそんなにお金持ってないわよ。 女2 私だって持ってないわよ。 女1 じゃあどうする気? 女2 だから慌ててるんじゃない。 女1 慌てたってなんの解決にも繋がらないわ。  冷静に対応策を考えましょうよ。  焦ったら負けよ。 女2 そうよね。  落ち着いてなにか対応策をね、落ち着いて……。 女1 悪いけどあなた前面に立ってその取り立て人の相手をしても  らえない?  私がそのあいだに展示物を片付けちゃうから。 女2 取り立て人の相手?  私が?  それってどうすればいいの? 女1 世間話でもして時間を稼ぐとかね。 女2 世間話って、取り立て人と?  しかも初対面でいきなり? 女1 話なんてなんでもいいのよ。  たとえばいま世の中で話題になってることでもいいんじゃない? 女2 え、いまどきの話題ってなにがあるかしら? 女1 難しく考えないで。  相手のツボを読むのよ。 女2 ツボを……? 女1 ええ、まずどんなことに興味を示しそうかなって探りを入れ  るの。  たとえばそうね……。  よし、じゃあお手本見せるからあなた取り立て人の役をやってく  れる? 女2 え、私が? 女1 そう、ちょっとそっちから歩いてきて。    女2、上手(もしくは下手)へ。 女1 うん、そこからでいいわ。 女2 行くわよ。(歩み寄る)  こんにちは。 女1 こんにちは。 女2 税務署のほうから参りました。 女1 あ、どうもご苦労様です。 女2 こちらは画廊ですね? 女1 ええ、まあ、見てのとおりです。 女2 画廊となりますとそれ相応の額の税金を納めていただくこと  になります。  よろしいですね? 女1 え、ええ、まあ……。  あ、それにしても今日は天気がいいですね。 女2 本当に。  天気がよすぎて汗ばむほどですよね。 女1 あ、本当、汗が……。 女2 じゃあ、こちらの書類にサインをしていただいて、お支払い  の方をお願いします。 女1 え、書類?  あの、えーっと、サインって……。 女2 ここです。  ここにお願いします。 女1 あ、ここですか。  あの、サインってことは、つまり……。 女2 あなたのお名前です。 女1 ですよね。  書くのですね、私が。 女2 お願いします。 女1 ところで、今話題の限定のマカロンって、もう召し上がりま  したか? 女2 マカロン? 女1 ええ、季節限定の5色のマカロンです。  すごい人気みたいで……。  あ、ご興味ありませんでしたか? 女2 うぅん、じつは甘いものには目がないの。 女1 それはちょうど良かったです。  いま相方が町まで買いに行ってるんですけどね、よろしければ一  緒にお茶でも飲みながらおやつなんて……。  ふふふ。 女2 ありがとう、嬉しいわ。 女1 いいえ、どういたしまして。 女2 じゃあこちらにお願いします。 女1 え。 女2 お気持ちだけいただくわ。  だからこちら、お願いね。  サイン。 女1 あ、ああ、そうでしたね。  書くんですよね。  じゃあ、サラサラサラっと、サインと……。 女2 ではこの額の支払いを。 女1 あ、えーっと……。  じゃあ、まあ、ひとまずってことで。  はい、これ、ウソっこのお金。 女2 はいどうも。  って、払っちゃった。  払っちゃたじゃない!    なにやってるの。 女1 うん、だから一応ウソっこのお金でってことで……。 女2 ウソっことか関係ないでしょ。  もうちょっとお手本らしいものを見せてくれるのかと思った。  話のツボ探られてる実感なかったし、マカロンの話題もけっこう  簡単にかわされちゃってましたけど? 女1 あなたずいぶん取り立て人うまかったわね。 女2 そういうことじゃないでしょ?  って言うか言われるほどうまくもないし私。 女1 いやいや自信もっていいと思う。  知らなかったわ、あなたの演技力。  隠れた才能じゃない?  これなら立派な取り立て人を演じられるわよ。 女2 演じられてどうするの?  そんなの演じる機会ってこの先ある? 女1 いまよ。 女2 え。 女1 まさにいまよ。  あなたが取り立て人で、私が画廊の主人。  私は支払いを命じられ、それに応じています。  そこに例の取り立て人がなにも知らずに入ってきます。  で、私が「じゃあどうもご苦労様でした」みたいなことを言って、  あなたも「ではでは、確かにお預かりしました」みたいなことを  言って、入ってきた取り立て人に、「あ、もうここオッケーです、  済みです徴収済みですから〜」みたいな流れを作っちゃえばいい  んじゃないかしら? 女2 ……。 女1 どうしたの?  あ、もしかして絶句?  名案過ぎて絶句ってこと? 女2 なに言っちゃってるのよ。  そんなに世の中甘くないわよ。  なにが「オッケー済みですから〜」よ。  パーティーの会費集めてるんじゃないのよ。 女1 やっぱり? 女2 決まってるじゃない。(窓の外を見て)  あ、もうあんなに近くまで。  どうしよう。  せめて口裏だけでも合わせましょうよ。 女1 口裏って? 女2 だから、ここの展示物は……。  私たち個人のコレクションだっていうことにするとかね。 女1 いくらコレクションだからって画廊ってことを否定しきれな  いでしょ? 女2 それもそうか。  いまひとつ決め手に欠けるわね。 女1 こうなったらあれしかないか。 女2 え、なになに? 女1 でもなあ……。 女2 ……。 女1 いや、やっぱりほかにないし……。  うん。 女2 なに?  なんなのよ? 女1 でもちょっとなぁ……。 女2 ……。 女1 いやいや、でもこの際だし……。 女2 とりあえず言っちゃって。  ねえ。  とりあえず言ってみてくれない? 女1 盗品って言う? 女2 え、盗まれたものってこと? 女1 あと密輸品とかね、そういう怪しい品物を闇から闇に売りさ  ばくブローカーっていうのはどう? 女2 ずいぶんブラックな路線にしたわね。 女1 そう、真っ黒よ。  森の中に潜む秘密組織。  取り立て人が引いちゃうくらいの。  だからそれで今回はノータックスみたいな。  つまりノープロブレム? 女2 うぅん、余計にややこしくなると思う。  考えただけでも疲れる。  少なくともノープロブレムでは絶対すまないと思う。 女1 ダメかしらね?  あーあ、ごめんなさいね、なにも役に立てなくて。 女2 あなたのせいじゃないわ。  こんなにささやかな画廊なら大目に見てくれるだろう、なんて考  えてた私が甘かったんだもの。  それに画廊をやろうって言い出したのも私だったし。 女1 どうする?  正直にいく? 女2 そうね。  それしかないわね。  ひとつウソをつけばまたべつのウソを生むし。 女1 じゃあせめて安くしてもらえるようにしましょうよ。  おべっか使って。  ご機嫌とって。 女2 そんなのうまくいくかしら? 女1 できるわよ。  あなたの演技力なら。 女2 あ、私任せなんだ? 女1 来た! 女2 え。     女3、現れる。 女3 こんにちは。 女1・2 こんにちは。 女3 こちら画廊ですね? 女2 ええ、まあ、画廊と言いますか、ふふ。 女3 噂どおりだわ。  とても素敵。 女2 いえいえそんな。  飾りっけのないところでお恥ずかしいです。 女3 あの、私、じつは……。 女1 あ、立ち話もなんですし、掛けていただいて……。 女2 そうよね。  椅子をお持ちしなきゃ。 女1 それなら私が。     女1、去る。 女3 とてもいい場所だわ。  木々に囲まれて気持ちがいいし。 女2 それだけが取り柄みたいなものです。     女1、椅子を運んでくる。 女1 どうぞおかけになってください。 女3 ありがとう。(座る) 女1 よかったら、肩をお揉みします。 女3 え。 女1 失礼します。(肩を揉む) 女3 悪いわね。  あら気持ちいいわ。 女1 ありがとうございます。  ほらあなたもボケッとしてないで。 女2 え。 女1 えじゃないのよ。  腕でもお揉みしなさいよ。 女2 あ、はいはい。  では失礼して。(腕を揉む) 女3 あら、すごい。  ふたりいっぺんなんて。  なんだか偉い人になったみたいだわ。  いいのかしら? 女1 いえ、こんなのふつうですから。 女3 そうなの?  画廊なのにこういうのふつうなの? 女1 ええ、なんか、むしろマッサージメインの画廊みたいな。  まあ、ついでに絵も見てもらおうかみたいなかんじですので。 女3 ついでなの? 女2 ええ、そうなんです。  画廊なんてついでなんです。  とってつけたみたいなものです。 女1 あ、ティーサービスを用意してるんですが、紅茶はなにが  お好みですか? 女3 至れり尽くせりなのね。 女2 お茶菓子もご用意いたします。  いまちょうど買いに出かけるところでしたの。  マカロンが有名なお店があって……。 女3 あら出掛けちゃうの?  じゃあその前に話を聞いて頂戴。  本題に入るわ。     女3、立ち上がる。     女1、女2、両脇に散る。 女3 私、税務署の方から参りましたの。  森の中の画廊、とても素敵ですね。  でも街中であろうと森の中であろうと画廊は画廊です。 女1 まあ、でもこんなちっぽけな規模ですから。 女3 小規模であろうと大規模であろうと……。 女2 まあ、ついでみたいなかんじでやってますし。 女3 片手間だろうと本業だろうと関係ありません。  画廊は画廊です。  それなりの税金を納めていただかなくてはなりません。  これは規則で決まっていることです。 女2 それは理解していますし、なにも規則を無視しようなんてこ  とは決して……。 女1 私たち右も左もわからない駆け出し者です。  なにとぞ特別枠のご検討を是非。  さきほど誠意を込めてお体をほぐして差し上げたことも考慮いた  だければと思います。 女3 あら、こんなこといつも通りだって言ったじゃない? 女1 ええ、でも誠意を込めるという意味ではいつもより余計に…  …。 女3 残念だけど私は一介の取り立て人に過ぎないの。  お目こぼし的な例外措置を施せる立場にないわ。  規則遵守それあるのみよ。  ところで先月税制が見直されたのご存知かしら?  まあ、変わったばかりだもの知らなくても無理ないけど。 女1 変わったってどっちに? 女2 半額とか? 女3 倍になりました。  上がったわけです。 女1 そんな……。 女2 もうダメだわ。  はは。 女3 はい、じゃあこちらの書類にサインをしていただいて、お支  払いの方をお願いします。 女1 ええい、もう。  サラサラっとサインと……。  それから、はい、ウソっこのお金。 女2 私もじゃあウソっこのお金。  はい。     沈黙。 女3 はい、じゃあウソっこの領収書。     沈黙。 女1 え、なにこれ? 女2 あの、えーっと、どういうことなんですか? 女3 つまり、このようなニセの取り立て人にはどうかご注意くだ  さい、ってことです。  税務署の方から来た、税制が変わった、なんて鵜呑みにしないで  くださいね。  でもお二人は合格です。  ウソっこのお金です、なんて茶目っ気たっぷりで難局を乗り越え  たんですもの。 女1 あ、はあ、それはどうも……。 女2 あの、じゃあ、全部ウソなんですか? 女3 そうよウソなの。  でも全部じゃないわ。  税制が見直されたのは本当よ。  そして喜んで!    みんな一緒よ、つまり平等。  今までみたいに芸術分野だからって割を食うこともなくなった  の。 女1 なんていう朗報かしら。 女3 ええ、一緒に喜びましょう。  長いこと働きかけをしてきた苦労がようやく実ったわ。 女2 あの、税務署の方ですよね? 女3 うぅん、じつは私も画廊の経営者なの。  つまり同業者よ。 女1 へ? 女3 税制が見直されたことを伝え回りながら、取り立て詐欺撲  滅にも一役買ってるってわけ。  ほら、こういう時期ってインチキ取り立て人が急増したりする  じゃない? 女1 なるほど、そりゃどうもご苦労さまです。 女3 それにしてもここは木々に囲まれて本当に気持ちいいわね。  あ、気持ちいいと言えば、ねえ、さっきのもう一回お願いして  いいかしら?(座る) 女1 え。 女3 マッサージ。  とても良かったわ。  ここのメインなんでしょ?  素晴らしいサービスよね。 女1 あ、ああ、まあ……。     女1、女3の肩を揉む。 女1 ほら、あなたも。 女2 え。 女3 うぅん、腕はいいからマカロンの方を頼むわ。  紅茶はアールグレイが好きなんだけど、ある? 女2 いや、あの、その、じつは……。 女1 まあいいじゃない。  どうせ買いに行くところだったんだし。  行ってきなさいよ。 女2 いいの? 女1 うん、せっかくご足労いただいたんだし、もう少しサービ  スしてあげるわ。  その方が楽しいティータイムになりそうじゃない? 女3 どうかした? 女1 いいえ、べつに。 女2 じゃあ行ってくる。     女2、去る。 女3 私って首すじが凝る性質なのよね。 女1 あ、本当、ここ凝ってますね。 女3 やっぱりわかる?  プロだものね。  あ、そう、そこ。 女1 ねえ、親切な同業者さん。  じつはさっきまでちょっとした緊迫シーンが人知れず展開され  ていたの。  寿命が一瞬縮んだけど朗報のおかげでまた延びたかも。  あとで彼女の肩を揉んであげてくれない? 女3 え。 女1 仲良く替りばんこでね。  うふふふふ。          女1、飄々と揉み続ける。     女3、?という表情のまま身を任せている。      ‐了‐